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留学経験者の声

【CJBS留学記】ケンブリッジMBA半年の軌跡と挑戦を振り返って

「げに東に還る今の我は、西に航せし昔の我ならず」
「されどこの山は猶ほ重霧の間に在りて、いつ往きつかんも、否、果して往きつかぬとも、我中心に満足を与へんも定かならず。」
(森鴎外『舞姫』より)

私がケンブリッジで1年制MBAを始めてから、まだ半年しか経っておらず、東へ向かうのはもう少し先のことになりそうです。しかし、昨今の交通事情を考えると、むしろ西へ飛ぶことになるかもしれません。とはいえ、残り実質1学期となったこのタイミングで振り返ることには、それなりの意味があるでしょう。

オスロでのコンサルティングプロジェクトを終え、凍てつく山中を鉄道でひとり7時間かけてたどり着いたベルゲンのホテルの一室で、少し変わった体験を中心に、決して模範的とは言えない私の留学生活を簡潔に振り返ってみたいと思います。

〈写真:入学式後のディナーが行われたカレッジの大ホール〉

昨年9月、私は期待と不安を胸にケンブリッジへと向かいました。海外経験は数回の旅行のみで、英語での会話も前年にIELTSのために仕方なく始めたばかり。正直、まともに話せる自信はありませんでした。

さらに、これまで国内法の法律業務が中心だったため、教室でのビジネスの議論に大きく貢献できるとは思えませんでした。それでも、ピアノ演奏や世界史を趣味とする私にとって、ヨーロッパに住むことへの憧れは抑えきれないものでした。また、契約書作成やコンプライアンスを超えて、ビジネスの本質を学ぶことは、私の知的好奇心を大いに刺激しました。

英語の壁は、やはり高かったです。教授のアクセントによって、講義が理解できるときもあれば、全くついていけないときもありました。留学初月、フランス人教授の講義は本当に難しく、内容の半分もわかっているかどうかという状態でぼんやりしていたところ、突然「この中に日本人はいるか?」と尋ねられました。

「聞き取れた!」という喜びのあまり思わず挙手したものの、なぜか指名されて発言を求められることに。しかし、直前の話を理解できていなかったため、どう答えていいのかわかりません。慣れない英語を必死にひねり出し、「(あなたが)質問を繰り返してくれませんか」と言ったつもりが、後で思い返すと、動揺のあまり「(私が)質問を繰り返していいですか」と言ってしまっていたようです。教授もさぞ困惑したことでしょう。その後の記憶は、曖昧です。

別の機会には、教授が「この中にコミュニスト(共産主義者)はいるか?」と尋ねました。「そんなわけないだろう」と思いながら周囲を見渡すと、ひげを生やしたエクアドル人の学生が高々と手を挙げています。

「なるほど、今どきは共産主義を信奉していてもMBAに来るのか。でも、彼は確か米系投資銀行の出身では…?」と混乱していたのですが、その後の会話の流れで、教授の質問は「エコノミスト(経済学者)はいるか?」だったと判明しました。

こんな勘違いは今でも事欠きません。というより、日本語でもよく聞き間違えます。

〈写真:コーポレートファイナンスの授業の様子〉

こうした状況では、教室でのディスカッションに貢献するのは難しいものの、それでも意外と楽しく学べています。これは、日本人の留学希望者にとって強調しておくべき点かもしれません。

講義では、専用サイト「Virtual Learning Environment」に事前に講義動画や指定文献がアップロードされ、学生はそれらに目を通したうえで授業に参加することが求められます。素人の私にとっても、これがなかなか面白く、教室での議論を完全には理解できなくても、文献をしっかり読んでいれば試験勉強やエッセイ執筆には支障がありません。

つまり、口頭英語が多少苦手でも、読み書きができれば、単位取得や成績の面では大きな問題にはならないようです。もちろん、日常生活では恥ずかしい思いをすることもありますし、交友関係を広げにくいという課題はありますが。

〈写真:カレッジの図書館〉

さて、MBAの授業やプロジェクトについては、すでに多くの人が書いていると思うので、ここではおそらく誰も触れていないテーマ「MBAとピアノ」について述べたいと思います。

結論から言えば、MBAとピアノの相性はあまり良くありません。MBAはチームワークとリーダーシップを学ぶ場であるのに対し、ピアノは基本的に孤独な営みです。世界中から集まったビジネスエリートたちは、どちらかというとスポーツに関心が高く、ピアノを通じて交友関係が広がることはほぼありません。それでも、私は毎日練習しないと気が済まないので、忙しい中でなんとか時間を捻出しています。

一方で、MBAの外に出ると、ピアノ音楽に関心を持つ人は意外と多くいます。私の所属するカレッジには『Clare College Music Society』があり、チャペルでのコンサートを主催するなど、音楽活動が盛んです。私も先学期、チャペルで40分ほどのリサイタルを開かせてもらいました。

〈写真:リサイタルの様子〉

今学期は、もう少し長いプログラムを演奏するつもりでしたが、残念ながら抽選に漏れてしまいました。ただ、ロンドンの教会でジョイントリサイタルを開く機会を得たので、何を弾くか考え中です。

また、MBA以外のコミュニティでもピアノを通じて人とつながれるのは、ケンブリッジのような学術都市ならではの魅力だと感じています。

〈写真:ロンドン自然史博物館での息子〉

最後に、留学を振り返るうえで家族の存在は欠かせません。妻は欧州留学の経験があり、英語圏での生活にも問題なく馴染んでいます。3歳の息子と1歳の娘も、特に戸惑うことなく楽しそうに保育園に通っています。

息子は最初、先生を困らせるほどやんちゃでしたが、最近では英語でのコミュニケーションも上達し、その吸収力には驚かされます。

以上、これまでの留学生活を思いつくままに振り返ってみました。残りの時間を有意義に過ごせるよう、引き続き努力していきたいと思います。

「真の発見の旅とは、新しい景色を求めることでなく、新しい目を手に入れることである。」(マルセル・プルースト『失われた時を求めて』)